インド編


この方の名を、仮にHさんとしておきます。私はこの人のことが苦手でした。なのに、受け持ち患者さんだったので、出勤すれば嫌でも毎日顔を合わせます。

 

50代後半の男性でした。病名は脳腫瘍。
見栄っ張りで、ギャンブル好き。パチンコで最高いくらもうけたという自慢話ばかり聞かされます。時々奥さんが来ては、20分も30分も、なぜこうなってまで自分が面倒を見なくちゃならないのか、お金もないのにギャンブルで散財して、これまでどれだけ迷惑をかけられて来たかを、とうとうと話して帰ります。その度、私はまるで自分が怒られているかのように、身を小さくして話を聴き続けなくてはなりません。そうしてHさんは、確かに、奥さんが一週間分のこづかいと言って置いていく何千円かを、受け取ったその日に売店で全部使ってしまうのです。

 

体が衰弱していっても、状況は変わりません。
もう歩くのは無理なのに、歩こうとしてはベッドから落ちたり、床で座り込んでいたり。危なくて四六時中目が離せず、つきっきりになってしまいます。そして、他の患者さんに呼ばれてちょっと離れて、戻ってみると、やはり床に転がっている。本人は、何があっても「大丈夫、大丈夫!」の一点張り。。病気のせいだとはわかっていても、ホトホト疲れてしまいました。そして、病気で死を間近にしたHさんを、それでもまだ許せない自分に、ひどく罪悪感を感じていました。それまでこんなに苦手で、なのに気になる患者さんはいなかったから。

 

結局、あまりに危険なので、床にベッドマットを直接置いて、布団のようにして寝てもらうようになりました。そうなると部屋のあちこちに転がっては、あっちでもこっちでもで尿を漏らしてしまい、今度は部屋のカーペットが尿まみれです。苦肉の策でブルーシートを敷いたらどうか?と提案した看護師に対して、別の看護師が、「それって人間の尊厳としてどうなのかな?」と言った言葉が、ひどく胸に引っかかりました。たしかに、ブルーシートの上で寝るなんて、病院にいるというのにまるでホームレスのようだけれど、人間の尊厳って、ビニールシートの上で寝たくらいで失われるものなのかな??ではホームレスの人達には尊厳がないということ?じゃあ、尊厳って何?
私はHさんのことを自分の中でどう納めたら良いのかわからずに、悶々としていたのです。

 

疲れた頭でフラフラと本屋さんに行きました。
フト目に留まった本が、藤原新也の写真集『メメント・モリ』でした。
インドを旅して撮った写真集です。ガンジス川沿いの街、ベナレスの写真がありました。ベナレスは、ヒンドウー教徒にとっての聖地です。この街に生まれ、この街で死ねば、輪廻転生の轍をぬけられ、もう二度と、地上に生まれて苦行をする必要はないと言われています。だからこの街では、ガンジス川の河原で死体を焼いて川に流すのです。もう二度と、地上に生まれ変わることのない証として。
写真は、流された死体が、下流の砂州で犬に食われている衝撃的な写真でした。そこに、「人間は、犬に食われるほど自由だ」という言葉が書かれていました。食われている死体の足が、貧血で真っ白になってもなおのたうち回るHさんの足と重なりました。目を背けたくなるような写真を見ているのに、なにか、力が抜けていくような安堵感を覚えました。

 

人間が、犬に食われるほど自由なら、Hさんがどんな人生を送ろうと、それも自由だ。社会的に見れば、良い生き方とはいえないけれど、それを許すとか許さないとかを決めるのは私ではなく、もっと大きな「なにか」。
こうやって、川に流され犬に食われることを歓びととらえる人達も、地球のどこかにいる。犬に食われることで人間の尊厳が輝く場所もあるのだ。やっぱり、ビニールシートの上で寝たからって、失われるものなんかではないのだ、人間の尊厳というものは。

 

Hさんは、私が休みの時に亡くなりました。看取ったのは、ビニールシートを敷いたらどうか?と言った看護師でした。Hさんには、前妻のもとに一人子供がいました。その看護師は、Hさんが元気なうちに、こっそり連絡先を聞いていたのでしょう。最期の時には、今の奥さんと、前妻、Hさんの一人娘がベッドサイドに集まったそうです。最初は、今の奥さんと前妻のバトルも繰り広げられたようですが、最期は皆、涙しながら思い出を語り、温かくHさんを見送ったと聞きました。

 

沢山の人を看取っている看護師たちは、「死に様は生き様」とよく言います。亡くなる時には、お金の有る無し、家族の有る無しというよりは、その人がどう生きて来たのかが、否応無しに見えてしまいます。自分勝手に生きて来たかのように見えたHさんでしたが、家族に囲まれた温かい最期を迎えられたということは、私が見ていた以上に、愛情深い人だったに違いありません。
そうして、私には大きな問いを残していってくれました。

 

で、人間の尊厳ってなんなんだい?

『メメント・モリ』とは、「死を想え」という意味です。
ヨーロッパでペストが流行して、人が沢山亡くなっていた頃、流行った言葉だそうです。死を想うことで、人間の尊厳とはなにか、尊厳ある生を生きるとはどういうことなのかといった、深い問いに近づいていくことが出来ると、私は思っています。そして、このような問いを問い続けることが、私たちの人生に、本当の豊かさをもたらしてくれるのではないかと思います。